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親子で挑んだ競技普及

水球・村田建夫(むらた・たけお)=愛媛水球クラブ

2017年9月12日(火)(愛媛新聞)

親子で出場した1966年の国体の写真を見て懐かしむ村田建夫さん(左)と光さん=7日、東温市西岡

親子で出場した1966年の国体の写真を見て懐かしむ村田建夫さん(左)と光さん=7日、東温市西岡

 愛媛国体に出場した「愛媛水球クラブ」の #村田建夫 監督(68)。知らず知らずのうちに追いかけてきたのは「四国の水球の生みの親」といわれる父・光さん(93)の背中だった。

 元高校教員の光さんは1960年、大洲高に四国初の水球部を誕生させた。当時の校長が経費を工面するなど協力的で、61年には国体で7位入賞。五輪選手も出した。ところが後に続く指導者が現れず、80年代には愛媛からチームは消えた。

 長い空白期間を経て愛媛水球を復活させたのは建夫さんだった。光さんの影響で水球を始め、66年は選手として、監督を務めた父とともに国体に出場した。大学卒業後は父と同様、高校教員の道を進んだ。2000年に勤務先の松山西高の水泳部内でチームを復活、11年には地元国体に照準を合わせて小学生を集め、愛媛水球クラブを創設した。

 県内に専用プールがなく、費用も乏しい状況だったが熱心に指導を続けた。初めは反対していた光さんからも、映像を見てアドバイスをもらえるようになった。建夫さんは「近づきたくても届かない存在」。改めて父への尊敬の念を語る。

 11日、愛媛は初戦で昨年優勝の石川と対戦。6―20で敗れたものの、積極的な攻撃で見せ場をつくった。建夫さんは選手に「人生で最高の思い出になる」と伝えたという。愛媛国体は終わっても水球クラブの活動は続く。「下級生たちと来年の福井国体出場を目指す」。情熱が消えることはない。

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