ログイン
Myページ
Myページ

愛媛新聞ONLINE

2018
622日()

ログイン
Myページ
愛顔会員Myページ
MENU

球春の軌跡 県勢のセンバツ史

<playback(3)>1988年 宇和島東 初V 初出場、猛打で頂点へ

2018年3月13日(火)(愛媛新聞)

 

 

 

 

 1988年春、宇和島東の「牛鬼打線」が甲子園を席巻した。平均身長169センチの小柄な「ポパイ軍団」は、全5試合で2桁安打を記録する猛打を披露。大会前の低評価を覆し初出場初優勝を果たした要因を、上甲正典監督は「一丸野球ができたこと」と即答した。ナインの“伸び伸び”プレーは、全国のファンにさわやかな印象を残した。

 初戦から2試合連続で9得点を挙げ大勝。準々決勝の宇部商(山口)戦では「すさまじい粘り腰」を見せた。2―4の九回、1死一、三塁から山中久の右前打で1点を返し、なお1死満塁で明神毅が三遊間を破る決勝打を放ち逆転サヨナラ勝ち。桐蔭学園(神奈川)との準決勝も激戦となった。4―4の延長十六回、1死三塁の絶好機に宮崎敦行の左中間二塁打で勝ち越すと、先発小川洋が225球を投げ抜く「粘投」で相手の反撃を抑え、3時間36分の熱闘を制した。

 決勝の相手は強豪・東邦(愛知)。「決勝の舞台でも宇東ナインの表情は緊張の色もなく、全員笑顔でグラウンドに入った」という。二回、1死満塁のチャンスで薬師神大三が左中間に適時打を放ち2点を先制。さらに五回、柴田要亮と明神の適時二塁打など6連続安打で一挙4点を加え、6―0とした。4連投の疲労が心配された小川も散発5安打無失点と「気力の完封」で優勝投手となった。

 「がいなことをやった!」。南予勢初の栄冠に宇和島市民のフィーバーぶりは極みに達した。市内各所には「祝優勝」「日本一」の垂れ幕がつるされ、商店街は“優勝セール”に群がる市民でごったがえした。歓喜の瞬間から12日後、松山球場で行われた春の四国高校野球県代表決定戦には早朝からファンが行列をつくり、開始前に県高野連が「札止め」を決定するなど、熱気はしばらく冷めやらなかった。

    おすすめ記事

    愛媛の情報なら、愛媛新聞のアプリ。

    欲しい情報をいつでもあなたにお届け!プッシュ通知機能も充実。