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2020
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この人の物語 えひめ

第1部 病と共に<5>家族や友 よき理解者

2020年5月21日(木)(愛媛新聞)

寝泊まりしている「ウェルケア高浜」で本紙を読む岡田行美さん(右)。「ヤング落書き帳」の愛読者で「若い人の詩を読むと胸がキュンとするの。何かを感じる心は10代も70歳も同じね」と言う

寝泊まりしている「ウェルケア高浜」で本紙を読む岡田行美さん(右)。「ヤング落書き帳」の愛読者で「若い人の詩を読むと胸がキュンとするの。何かを感じる心は10代も70歳も同じね」と言う

 「ぼく、おなかすいてないよ」―。パーキンソン病を患う岡田行美さん(70)=松山市=は、一人息子の一貴さん(44)が幼い頃に発したこの言葉が、今でも脳裏に刻まれ忘れられない。

 41年前の1月、家庭生活に行き詰まりを感じた岡田さんは、二度と松山には戻らない覚悟で、当時3歳だった一貴さんの手を引き家を飛び出した。山口県に住む叔父を頼って、柳井港に着くとすぐ近くの駅に駆け込んだが、列車はちょうど出たところで、後続まで1時間待たなければならなかった。

 夕刻、がらんとしたホームには、寒風が吹き荒れていた。一貴さんには何か温かいものを食べさせてやりたかったが、辺りに店の明かりはない。「ごめんね。おなか、すいたでしょう」。気遣う岡田さんに、はしゃぐでもなく泣くでもなく、ただ黙ってついてきた一貴さんは、硬い表情のままこう答えた。「ぼく、おなかすいてないよ」

 「小さい頃から、心の優しい子だった」。一貴さんが大学2年の大みそか、パーキンソン病を打ち明けたときは「お母さん、大変だったんだね。僕が卒業したら仕事辞めていいから、それまでは無理しないでね」といたわってくれた。半導体企業を2年で辞め、現在は滋賀県で日本中央競馬会(JRA)の調教助手として働く一貴さん。手掛けた馬が出走する時は、必ず連絡が入る。それまで競馬には興味なかった岡田さんだが、レースの時はテレビの前に座り応援している。

 母洋子さん(93)もよき理解者だ。若い頃から身を粉にして働き、岡田さんと弟を育て上げた。岡田さんが発病した際、洋子さんの父が同じ病だったため自分を責めたが、遺伝性ははっきりしていない。

 余計な心配をかけた分、岡田さんは孝養を尽くしたかったが、病の進行と洋子さんの認知症が重なり同居を断念。洋子さんには市内のグループホームに入所してもらった。「本当はこの家で、最期まで世話をしたかった」と涙ぐむが、明るく朗らかな洋子さんはホームでも人気者と聞き、少し安心している。

 患者仲間に、絵手紙が得意な女性がいた。岡田さんが高松市内の病院に2カ月入院した時は、毎週、温かい言葉を添えた絵手紙を送り励ましてくれた。岡田さんはそれをファイルにまとめ、今でも時々取り出しては眺めている。

 つらい目に遭った分、人の優しさが身にしみた。「パーキンソン病になって失ったものもあるけれど、得たものもあります」。岡田さんは負け惜しみではなく、心の底からそう思っている。

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