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2020
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Eのさかな バックナンバー 1号

土井中照の愛媛おサカナ順礼「めでたい鯛のめでタイ話」

2020年6月29日(月)(その他)

「Eのさかな」は愛媛県の魚を中心に食・自然・観光などの文化を全国に紹介していきます。

 

 婚礼や祝儀などの席では、鯛の姿焼きが料理の主役になることが多い。鯛をかたどった落雁(らくがん)や生菓子が振る舞われることもある。鯛は、祝い事のシンボルとして私たちの生活になじんでいる。

 鯛がめでたい魚の代表とされているのは、堂々とした美しい姿のみならず、体色の赤に負うところが大きい。古来、日本では赤は邪気を払う色とされてきた。神社の赤い鳥居や赤飯、鍾馗(しょうき)、紅白餅、日の丸など、めでたい色として使われているものは枚挙にいとまがない。鯛もその例に漏れず、赤い魚だからこそ「鯛は魚の王者」の位置を確立したともいえる。

東京恵比寿駅のエビス像

東京恵比寿駅のエビス像

東京恵比寿駅のエビス像

東京恵比寿駅のエビス像

 大きな鯛を抱え、釣り竿を片手に笑顔を振りまいているのが「エビス神」である。「えべっさん」の愛称で親しまれ、七福神を代表する存在だが、その本体にはさまざまな説がある。

 日本誕生の主役であるイザナギ・イザナミの第三子の蛭子命(えびすのみこと)という説。釣りの好きな大国主命(おおくにぬしのみこと)の息子の言代主命(ことしろぬしのみこと)という説。海幸彦の釣り針を鯛に取られて竜宮に行ったとされる山幸彦こと火遠理命(ほおりのみこと)という説。「エビス神」が誰であるかはさておき、漁民の神であったことは間違いなく、異郷から訪れて大漁を約束する神として尊崇されてきた。

 愛媛でも、海の近くの家の屋根にえびす像が鎮座していることも多い。陰暦正月10日と10月20日にはえびす像の前に尾頭付きの鯛二匹を腹あわせに供え、家にあるお金を桝に入れて大漁を祈願するところもあるようだ。

 鯛は婚礼や祝い事の料理によく用いられる。これは優美な姿やめでたいとされる赤い体色の他に、「言葉には魂が宿る」 という日本独自の 「言霊(ことだま)信仰」 が根底にあるためだ。言葉には霊力があって、言葉通りの現実が運ばれると考えられていたので、「めでたい」鯛に祝福が長く続くことへの祈りを込めたのである。

 昭和53年、松山市高浜の漁師の家から「浮鯛抄(うきだいしょう)」が発見された。「浮鯛抄」とは、神功皇后(じんぐうこうごう)の乗った船に集まる鯛が浮き上がって来たという伝承にちなみ、どこの海域でも漁ができるというお墨付きの巻物である。水戸黄門の印籠(いんろう)のように、どこの漁村でも漁ができるという証明であり、運上金(うんじょうきん)免除の特典が与えられていたという。

 愛媛の鯛料理も同様に、祝祭(しゅくさい)の儀式のもてなし料理である。尾頭(おかしら)付きの「鯛の塩焼き」、素麺(そうめん)を波に見立てた「鯛めん」、藁(わら)に包んで蒸し上げる「鯛の浜焼き」、炮烙(ほうろく)鍋で蒸し上げる「鯛の法楽焼き」など多くの料理がある。

鯛の塩釜焼き

鯛の塩釜焼き

鯛の塩釜焼き

鯛の塩釜焼き

 近年、話題となっているのが「鯛の塩釜焼き」だ。塩釜を木槌(きづち)で割ると、桜色の鯛が顔をのぞかせる様子は、まさにめでたさに満ちている。この料理のルーツは、豊臣秀吉が母親の北政所(きたのまんどころ)に玄界灘(げんかいなだ)の鯛を美味しく食べさせたいとの願いを込めて「塩釜焼き」を考案したと伝えられている。このエピソードは、唐津市のまちおこしに活用され、広くみんなの知るところとなった。

 だが、「鯛の塩釜焼き」に関する確実な史料はなく、高価な塩をふんだんに使って母親のもとに届けたという秀吉の心を伝えようとしたものかもしれない。このエピソードは黄金の茶室のように、いとも簡単に贅沢なものを造りあげてしまう、秀吉の豪気さをも象徴している。

 塩が安価で手に入る時代になって、「鯛の塩釜焼き」は身近な料理になった。

 幸せを願う気持ちや祝福の心も、ぐんと手近になったというわけだ。

 

 

 「Eのさかな」は「さかな文化」を代表とする愛媛の食・暮らし・自然・文化などを取り上げ、分かりやすく情報を発信するフリーペーパーです。

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