ログイン
Myページ
Myページ

愛媛新聞ONLINE

2020
922日()

ログイン
Myページ
愛顔会員Myページ
MENU

高校野球愛媛大会 熱戦録

<6>1987年1回戦 宇和島東7―6八幡浜工 起死回生の同点アーチ

2020年7月27日(月)(愛媛新聞)

【宇和島東―八幡浜工】宇和島東9回裏2死、左越えに同点アーチを放ち、ガッツポーズでホームにかえる山中(右)=1987年7月21日、宇和島丸山球場

【宇和島東―八幡浜工】宇和島東9回裏2死、左越えに同点アーチを放ち、ガッツポーズでホームにかえる山中(右)=1987年7月21日、宇和島丸山球場

 前年準優勝の宇和島東は1回戦で、大会屈指の左腕・山部(元ヤクルト)を擁する八幡浜工と対戦。ランナーは出すものの、山部を打ち崩すことができず、5-6とリードされて最終回を迎えた。

 1番からの好打順だったが、2人が簡単に倒れ、もう後がない場面。3番・山中は「狙ってきます」と、上甲正典監督に“宣言”して打席に入った。4球目のストレートを迷いなく振り抜いた一打は、一直線にレフトスタンドに飛び込んだ。起死回生の同点弾で息を吹き返した宇和島東は、続く明神、松本の連打でサヨナラ勝ちを収めた。

 「あの弾道は目に焼き付いている」。上甲監督は後に山中の同点アーチを「宇和島東の歴史を変える一発だった」と振り返っている。

 1901年創部の宇和島東は、戦前戦後にわたり、何度も甲子園を目前にしながら大事な試合に勝てず、チャンスを逃し続けてきた。上甲監督就任後も84、86年と決勝に進みながら、最後の壁に阻まれていた。

 「1回死んだのだから、もう怖い物はない」。1回戦の後、これが宇和島東の合言葉になった。この大会、勢いに乗って初優勝を飾り、悲願の甲子園に出場。そして翌春のセンバツにも初出場し、強力打線と粘り強い試合運びで全国制覇の偉業を成し遂げる。

 “あの一発”が、「牛鬼打線」誕生の原点となったのは間違いない。

 

 ▽1回戦

123456789
八幡浜工0022110006
宇和島東202000012X7

(八)山部―大塚孝

(宇)小川、松本―明神

▽本塁打 井上(八)山中(宇)

▽三塁打 渡辺(八)山中(宇)

▽二塁打 山部(八)明神、小川、松本(宇)

 

 発売中の愛媛のスポーツマガジン「E―dge(エッジ)」7・8月号では、野球部選手名鑑とあわせて各校の歴史に残る名勝負を掲載しています。

    愛媛の情報なら、愛媛新聞のアプリ。

    欲しい情報をいつでもあなたにお届け!プッシュ通知機能も充実。