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あの夏の正解~早見和真の高校野球ルポ~

①「甲子園」の魔法 失った球児は

2020年8月20日(木)(愛媛新聞)

2019年、甲子園で行われた全国高校野球選手権大会の開会式。20年夏、球児たちがこの舞台に立つことはなかった

2019年、甲子園で行われた全国高校野球選手権大会の開会式。20年夏、球児たちがこの舞台に立つことはなかった

2019年、甲子園で行われた全国高校野球選手権大会の開会式。20年夏、球児たちがこの舞台に立つことはなかった

2019年、甲子園で行われた全国高校野球選手権大会の開会式。20年夏、球児たちがこの舞台に立つことはなかった

 白球がライトのポールを直撃した瞬間、満員に膨れあがった阪神甲子園球場は間違いなく静寂に包まれたという。

 いまから2年前。2018年の、夏の甲子園大会。金足農業の吉田輝星や、大阪桐蔭の藤原恭大、根尾昂、報徳学園の小園海斗など、まるで第100回の記念大会に合わせたかのようにタレントが集ったこの大会において、強烈な輝きを放つ試合があった。

 8月12日――。その日、愛媛県代表の済美高校は、長い甲子園の歴史で初となる「サヨナラ逆転満塁ホームラン」という劇的な幕切れで、石川県の星稜高校を下している。済美の細身の1番打者、矢野功一郎の一発で勝負が決した延長十三回のこの死闘を覚えている高校野球ファンは少なくないだろう。

 ある者はグラウンドの上から、ある者はベンチから、ある者はアルプススタンドからその光景を見つめていた。

 僕自身は自宅の仕事部屋のテレビでその瞬間を見届けていた。同じ日の深夜に自分のラジオの4時間特番を控え、試合序盤はその準備に追われながら、横目で戦況を眺めているくらいだった。

 それが途中から、僕は画面に釘付けになっていた。きっかけは石川に住む友人からこんなメールが送られてきたことだ。

「これは星稜楽勝か――」

 ボンヤリとスマートフォンのモニターを見つめ、次の瞬間に抱いたのは、おそらくは郷土愛に近い感情だったと思う。

 愛媛に移住してまだ2年やそこらという時期だった。愛着を抱くにはまだ時間が足りなかったし、済美の選手についてもよく知らなかった。

 普段だったら笑って受け流していたに違いない。それが、どういうわけかこのときはカチンときた。大切なものを傷つけられているような気持ちになり、すぐさま何か言い返したくなった。だから済美が1対7の劣勢をはね返し、この年から導入されたタイブレークの末に星稜を下したとき、僕は興奮を抑えきれずにこんなメールを返している。

「済美楽勝だったな」

 

【「ひゃくはち」】

 愛媛の僕にたきつけるようなメールを送ってきたのは、同じく2年前に石川に移住していた森義隆。『宇宙兄弟』や『聖(さとし)の青春』といった代表作を持つ映画監督だ。僕の小説デビュー作『ひゃくはち』を映画化して監督デビューを果たした彼とは、その強烈な生みの苦しみを共に乗り切ったこともあり、以来、親しくつき合っている。

 『ひゃくはち』は強豪高校の野球部に所属する補欠球児たちの物語だ。デビュー作にはその作家のそれまでの人生がすべて投影されているというが、『ひゃくはち』はまさにそういう作品だった。あれほど俯瞰(ふかん)して書けなかった小説は他にないし、どう弁明しようとも主人公は僕自身だ。

 

 

 もう20年以上も前、僕は神奈川県の桐蔭学園という高校で野球をしていた。在学中に2度甲子園に出場したチームの中で、物語の主人公と同じようにひたすらベンチ入りだけを目指す補欠部員だった。

 なぜこのときの体験を小説にしようとしたのか。書いた20代の頃は見て見ぬフリをしていたけれど、それはきっと「恨み」からだったと思う。あるいは「憎しみ」からだったろうか。あんなに尽くした野球は、結局、自分を幸せにしてくれなかった。そんなひどく幼い負の感情に、埼玉県の公立高校で野球をしていた森も共感してくれたようだ。

 いずれにしても僕は『ひゃくはち』を世に送り出すまでまともに高校野球を見られなかったし、話題にすることも拒んでいた。

 裏を返せば『ひゃくはち』ですべて吐き出したことで、ようやく高校野球と折り合いをつけられたと思っていた。一ファンとしてまた野球を見られるようになったし、だからこそもう二度と書くことはないだろうとも信じていた。それが……だ。

 

【想像できない】

 コロナ禍による緊急事態宣言下の今年、2020年5月8日。石川の森から「今年の星稜野球部にカメラを向けようと思う」といったメールが送られてきた。仮にこの夏の甲子園が中止になるのなら、彼らにカメラを向けることに意味があるのではないだろうかというのである。

 正直にいえば、はじめはぴんとこなかった。当然、僕の耳にも「夏の大会が中止になるかもしれない」という噂は聞こえていたが、連日更新される膨大な新型コロナ関連のニュースの渦の中で、取り立ててこの一件だけを深く考えようとはしていなかった。

 それが森から思わぬメールを受けたことで、はじめて自分のこととして捉えられた。

 

 

 甲子園のない夏だ。

 甲子園のない高校野球。

 もし、万が一、本当に夏の甲子園が中止になるようなことがあったとしたら、現役の選手たちは、とくに3年生たちはいったい何を感じるのだろう。

 自分のこととして考えてみようとした。でも、うまくイメージすることができなかった。自分があんなにも高校野球に憧れ、ひたすら打ち込み、苦しい練習に耐え、あるいはチームの中で道化を演じ、そして大人になっても裏切られたと憤るほど恋い焦がれたのは、ひとえに小さい頃から「甲子園」という鮮烈な魔法をかけられていたからだ。

 その魔法が効力を失った今年の夏、全国の球児たちはどう高校野球と向き合っていくのだろう。

 彼らは何を失い、何を得るのか。

 最後に笑えるのか、泣けるのか。

 野球に決着をつけ、次の一歩を踏み出すことができるのか。

 何一つ想像することができなかった。

「俺もこっちで済美を追ってみようかな」

 半分は思いつきで、もう半分ははやる気持ちを抑えて森にメールを返した。そこから決して順風満帆とは言えなかったが、実際に今後放送予定のテレビドキュメンタリーの、加えてこのルポの企画として動きだし、松山と金沢を何往復もして、済美、星稜の両校を追う取材の日々が始まった。

 

【世界が変わる】

 そうして『ひゃくはち』の刊行以来、12年ぶりに現役の高校球児と向き合いながら思うのは、自分が彼らの言葉に、この夏を通して導き出すであろう答えに強く期待しているということだ。

 新型コロナウイルスの世界的なまん延というかつて経験したことのない事態に直面し、僕は自分の書くものに悩んでいた。世界は間違いなく景色を変えようとしているのに、何がどう変わるのか、自分たちが何を失おうとしているのか見当もつかず、迷いがつきまとうようになったのだ。現代小説を書くことがSF小説を書くことに化けてしまったかのような、形容のしがたい違和感を常に覚えるようになっていた。

 

 そんなときに出会ったのが今年の高校生たちだ。もしかすると自分が欲しているのは、高校野球や部活動だけにとどまらない、このコロナ禍以降の世界を見定めるためのまったく新しい言葉なのではないだろうか。

 大げさだという気もするし、大人の感傷を押しつけすぎだという自覚もある。しかし、明確に失ったものの存在があり、かつ劇的な転換期の中にいる彼らの言葉に取材中に触れるたびに、僕はその期待を強めてきた。

 5月以降に出会うすべての高校生にぶつけている問いがある。

「すべての活動を終えたとき、甲子園とは、高校野球とは何だったのか。あるいは今年の夏とは何だったのか、教えてほしい」

 これは数年後、数十年後に、きっと“あの夏の”と形容される高校生たちの物語だ。

 そしてとうに暑い夏を終えている大人たちの物語でもある。(敬称略)

 

小説家デビュー以来、執筆活動にまい進してきた早見。今回、すべての仕事をストップして高校野球、そして球児と向き合うことを決めた

小説家デビュー以来、執筆活動にまい進してきた早見。今回、すべての仕事をストップして高校野球、そして球児と向き合うことを決めた

小説家デビュー以来、執筆活動にまい進してきた早見。今回、すべての仕事をストップして高校野球、そして球児と向き合うことを決めた

小説家デビュー以来、執筆活動にまい進してきた早見。今回、すべての仕事をストップして高校野球、そして球児と向き合うことを決めた

 【はやみ・かずまさ】 1977年神奈川県生まれ。2008年に「ひゃくはち」でデビューし、「イノセント・デイズ」で第68回日本推理作家協会賞受賞。16年から松山市在住。20年には「ザ・ロイヤルファミリー」がJRA賞馬事文化賞受賞、「店長がバカすぎて」が本屋大賞ベスト10入りを果たした。愛媛新聞では創作童話「かなしきデブ猫ちゃん」シリーズを執筆。FM愛媛でレギュラー番組を持つなど多方面で活躍する。高校時代のポジションはサード。2学年先輩に高橋由伸(元巨人)。

 

 【ひゃくはち】 2008年に刊行された早見のデビュー作。自身の体験を基に、名門高校野球部のリアルな姿を描いた。補欠球児を主人公にした異色の青春物語は、華やかさだけではない高校野球の裏側も活写し、反響を呼んだ。その後、漫画・映画化され、現在も球児らに根強い人気を誇る。タイトルは、煩悩と野球ボールの縫い目の数から。

 

 【森義隆】 1979年埼玉県出身。2001年から番組制作会社テレビマンユニオンに加わり、ドキュメンタリー番組の作成などに携わった。08年に「ひゃくはち」で映画監督デビュー。人気漫画原作の12年「宇宙兄弟」や、早世の棋士・村山聖の生涯を描いた16年「聖の青春」で多数の映画賞を受賞。昨年は東野圭吾原作の「パラレルワールド・ラブストーリー」が公開された。金沢市在住。

 

 

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