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Eのさかな バックナンバー 3号

土井中照の愛媛おサカナ順礼 めでたさと出世を願う鰤の味

2020年8月24日(月)(その他)

「Eのさかな」は愛媛県の魚を中心に食・自然・観光などの文化を全国に紹介していきます。

 

 

 鰤(ぶり)といえば、頭に浮かぶのは出世魚ということである。

 正徳2(1712)年編纂の百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』には、「六月、其の小なる者五~六寸。津波須(つばす)と名づく。西国に和加奈(わかな)と号す。炙りて蓼醋(たです)を以って之(こ)れを食ふ。九月、一尺許(ばか)りなる者、眼白(めじろ)と名づく。十月、二尺に近き者はまちと名づく。江東には伊奈多(いなだ)と称す。魚軒(さしみ)と為し、芥醋(からしず)を和して之れを食ふ。……中略……仲冬、長くして三~四尺、最大なる者五~六尺なるは鰤と名づく」とある。編者の寺島良安(てらじまりょうあん)は、大阪出身の漢方医なので、「ツバス」「メジロ」「ハマチ」「ブリ」と関西風の名前を記している(現在の関西地方ではツバス、ハマチ、メジロ、ブリの順に呼ばれるようだ)。関東だと「ワカシ」「イナダ」「ワラサ」「ブリ」となる。関東でも「ハマチ」の名が使われるが、これは養殖ハマチが関東に出荷されるようになって、その名前が定着したといわれている。

 鰤は、スズキやボラのように稚魚から成魚に至るまでに異なる名前で呼ばれるため、「出世魚」として扱われ、めでたい席や門出を祝う席料理として用いられることが多い。武士は成長にしたがって名前を変えることがあり、それを魚に重ねて出世につながる縁起のよい魚として尊ばれた。

 同じ種類の魚が、なぜ違う名前で呼ばれるかというと、大きさによって外見や味、生息域が異なるため、商品価値が変化する。同じ名前だと、漁場や市場で混乱をきたすために、異なる名前で取り扱われるようになったのだろう。

 

ブリの干物

ブリの干物

ブリの干物

ブリの干物

 おせち料理では、「焼き物」のお重に「鰤の照り焼き」を入れるのが一般的だ。子孫繁栄を願う「数の子」、喜ぶの言霊(ことだま)を込めた「昆布巻き」、細く長くとの願いを込めた「叩きゴボウ」、腰が曲がるまでの長寿を象徴した「海老」、元気にまめに働くようにとの「黒豆」、勝ち栗を使う「栗きんとん」など、おせち料理は「縁起物」のオンパレードでもある。

 鰤は、大晦日の「年とり魚」と正月の「懸(か)けの魚(うお)」にも使われる。「年とり魚」とは、「年越し蕎麦」のように一年の区切りとして魚を食べる行事である。塩鰤や巻鰤の尾を一家の主人が切り落とし、神棚に捧げたのち、家族で鰤を取り分けて味わう。一年の無事を感謝するとともに、新たに迎える歳神(としがみ)様への供物として尾や頭を捧げるのである。また、新年を迎えると、神棚の前にある「幸い木」に魚を吊るす。西日本では鰤や鯛が使われるが、東日本では鮭が用いられる。

 民俗学者の柳田國男は、『食物と心臓』で「福岡県は筑紫郡などで、正月の二日花婿が嫁の里へ日がへりの訪問をするとき、二重ねの年の餅と共に持って行く大きな塩鰤」「鯛とか鰤とかいふめでたい魚を料理した際には、其尾や鰭(ひれ)を残して板壁などに貼って置き、簡易な贈物にはそれを少しづゝ毟(むし)って、のしの代わりに添え」を例として引き、「正月の幸ひ木、もしくは祝言の晴の席に、必ず懸けられることになっていた二尾の乾魚(ひうお)、『懸けの魚』『にらみ鯛』などと呼んで居るものにも、やはり此日を精進(しょうじん)にせぬ大きな力が、備はって居たことが想像せられる」と記している。柳田は、こうした祝いの場が、精進から自由な祝賀へと至る過程で、本格的な喜びを迎えるための儀式として年の変わり目に魚を食べる習慣ができたと述べている。鰤を食べて喜びを倍加させることが、年末年始の儀式に発展したというのである。

 何はともあれ、鰤がめでたい魚であることに間違いはなく、しかも冬が旬の鰤は、脂が乗って美味しさが増している。そのことは、鰤がめでたい魚であることを更に実感させてくれる。

 

 「Eのさかな」は「さかな文化」を代表とする愛媛の食・暮らし・自然・文化などを取り上げ、分かりやすく情報を発信するフリーペーパーです。

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