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2021
82日()

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一緒に野球してくれてありがとう

 ユニホームが違っていなかったら、別々の学校だと誰も気付かなかっただろう。練習では厳しさを忘れず、休憩中は高校生らしい顔をのぞかせながら、いつもチームメート同士で声を掛け合った。
 開催中の全国高校野球選手権愛媛大会に出場した内子高校小田分校と済美平成中等教育学校の連合チーム。部員はマネージャー含めて16人。山の中にある分校と松山の進学校という環境が大きく異なる二つの学校を結んだのは野球である。
 済美平成の最上級生としては3年ぶりとなる夏の大会を迎えた6年生の平井直季さん、芳野照太郎さんは、グラウンドの内外で中心となってチームを支えてきた。2019年は部員不足で出場辞退、新型コロナウイルス下で行われた20年の独自大会は連合チームで完敗。込めたのは2年分の悔しさと、野球ができる喜び。そして何より「このチームで1勝したい」との思いだった。
(坂本敦志)

 

連合チームの部員はマネージャーを入れて16人

練習試合で軽快な守備を見せる芳野照太郎さん

連合チームの攻守の要だった平井直季さん

別々の学校だと感じさせないほどの仲がよいチームだった

同級生6人が2人に

 平井さんのポジションはキャッチャー。野球への一生懸命な取り組み同様、堅実なプレーが持ち味でチームの要といえる存在だ。ショートの芳野さんは軽快なグラブさばきが光る。ピンチの時は率先して声を掛け、ナインを鼓舞する。

 県内の私立中高一貫校で唯一の硬式野球部がある済美平成では、中学校に当たる前期課程は軟式、高校の後期課程で硬式に取り組む。少子化などによる野球部員の減少は多くの学校の悩みの種だが、済美平成の場合、県内有数の進学校であるという事情も重なる。受験勉強に専念するため、多くの部員が軟式で野球から離れてしまうのだ。

 

バントの練習をする芳野照太郎さん。限られた練習環境の中、懸命にレベルアップを図る

 平井さん、芳野さんの学年も、軟式で6人いた部員が硬式では2人だけになった。「高校野球がやりたい」と飛び込んだが、19年の6年生部員はゼロ。5年生は2人。試合に出られるかどうかも分からなかった。

 

投球練習のボールを受ける平井直季さん。普段の練習は個人練習が中心。

 結局、その年の夏の大会は出場を断念。「何のために野球をやっているんだろうと。野球自体から遠ざかりたいと思った時期もありました」(芳野さん)。それだけに秋の大会で連合チームで公式戦に臨むことが決まったときは「野球ができることが何よりうれしかったです」(平井さん)。

寄せ集めか、仲間か

 

開会式で入場行進する内子小田・済美平成の連合チーム

 連合チームというと「部員が少ない学校の思い出づくり」というイメージを持つ人もいるかもしれない。だが、チームを率いる村上純一監督(内子小田)は「小さな学校の生徒でも野球を続けられるシステムだと考えています」と前向きにとらえる。確かに、一緒に練習する時間が少ない、毎日選手の様子を見ることができない、他校の選手を指導するという難しさを感じることもある。それでも「デメリットよりも、野球をすることで生徒たちが得られるメリットに目を向けたいと思います」と言い切る。

 チームには「寄せ集めで終わるのか、それとも仲間になるのかは自分たち次第だ」と説いた。平井さん、芳野さんも学校間の環境の違いに不安はあったが、「言い合えない仲は嫌なので」(平井さん)と、ほかの生徒に積極的に話し掛けていった。内子小田の生徒もすぐに受け入れてくれた。いまの時代の生徒らしく、無料通信アプリLINE(ライン)を使って、今後の練習メニューや、プレーで気付いた点などを交換。不利な条件を克服するために工夫を重ねた。

 目標はもちろん夏の大会。20年の独自大会で、5年生だった平井さん、芳野さんは済美平成の選手として2年ぶりの夏の公式戦に臨んだが、ほかの大会とはまったく異なる空気だったという。「これが夏の大会なんだ」。雰囲気にのまれ、何もできないまま敗れた。その一方で芽生えたのが「最後はあの場所で1勝したい」との気持ち。「もっともっとやらないと勝てない」(芳野さん)と練習にもさらに熱が入った。連合チームの主将の永居歩起さん(内子小田3年)は大会前、力強く語った。「今年は打ち勝つチームです。冬場にたくさんバットを振ってきました。振る力は付いたと思います」

「勝ちたかったです」

 

試合開始を前に士気を高める

 迎えた夏の大会初戦は7月12日、大洲戦。先制したのは連合チームだった。初回1死満塁から2点タイムリー。目指してきた「打ち勝つチーム」の一端を見せた。

 しかし三回以降、細かいミスが相次いだところに集中打を浴び大量失点。芳野さんは好守を連発しチームをも盛り立て、平井さんもキャッチャーで4番打者、救援投手とフル回転した。ベンチのメンバーも最後までよく声を出していたが、2-17、五回コールドゲームで短い夏は終わった。

 

名門・大洲を相手に先制点を挙げたが…

 最終回となった五回表、意地の二塁打を放った永居さんは「でも、勝ちたかったです」と涙声を振り絞った。「人数が少なくて、練習もしんどかったけれど、ほかの3年生がいたから諦めないでやれました。済美平成には『小田と一緒じゃないと夏は出ない』とまで言ってもらえて、そういう仲間ともっと野球がしたかったです」

 「負けても勝っても笑って終わることが目標」と話していた芳野さんも目を真っ赤にしていた。「このメンバーで一日でも長くやりたかったです。内子小田には感謝しかありません。連合チームで、普通の高校生ではできない野球生活ができて人間的にも成長したと思います」と振り返った。

 平井さんは思い通りのプレーができなかった悔しさを隠さなかった。「救援で登板したのにだらだらと失点して…。村上監督が期待を込めて4番に置いてくれたのに、最後の打席もフルスイングしたかったけど打ち上げてしまって…」。反省の言葉が連なった。「でも済美平成で、小さい頃から憧れていた高校野球ができて、小田の仲間と一緒にプレーできたことには感謝しかありません」。選手らが口々に語ったのは「仲間」そして「野球」への「感謝」だった。

 試合後、グラウンドの外で行われたミーティングでは、いつもは厳しい村上監督が静かに語り掛けた。「この人数で腐らずにやってきたことで今日という日がある。お前たちはよくやった。ミスを取り戻そうとみんなで頑張った。でも報われないことはある。だからこそ報われるまで頑張るしかないんだ」

不思議とかみ合う

 

試合後に3年生部員が一人一人あいさつ。野球ができることへの「感謝」を口にした

 平井さん、芳野さんの2人は14日、済美平成の後輩たちの前で最後のあいさつをし、連合チームでの悲願の一勝を託した。2人とも大学で野球を続けるつもりだ。

 チームの誰よりも長い5年以上の付き合いとなった2人だが、真面目で気配りができる平井さんと、さばさばしてわが道を行くタイプの芳野さんは全然性格が違う。「小学校から硬式チームで顔は知っていましたが、最初は気まずくて」(平井さん)。前期課程の頃には意見の食い違いから衝突したこともあるそうだ。

 

最後のあいさつをする内子小田・済美平成連合チーム。「夏の1勝」は後輩に託された

 それが不思議とうまくかみ合ってきた。「芳野がはっきり言ってくれることで気付かされたこともありました。自分のできないことを埋めてくれる存在でした」(平井さん)、「僕が言えるのも平井がうまくみんなをケアしてくれるから。平井がいなかったらチームは回っていません」(芳野さん)。

 最後まで互いに「ありがとう」なんて言わない。でも気持ちは伝わっている。

 

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