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2021
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宝塚 夢かなえた18年 花音舞さん(新居浜出身)インタビュー

 宝塚歌劇団で高い歌唱力やマルチな演技力を武器に活躍してきた、新居浜市出身の花音舞(かのん・まい)さんが9月末の公演で退団した。入団からの18年を振り返り「宝塚でかなえたい夢が全てかないました。何の悔いもないです」とすがすがしい表情で語った。(聞き手・小田良輔)

■「夢ノート」一つ一つ実現

 

宝塚歌劇団を退団して今の心境はいかがでしょうか。 やることに追われて忙しい毎日でした。好きなことを毎日してきたので、仕事をしている感覚より「常に上を目指して頑張らなきゃ」という気持ちで走り続けてきました。気がつけば18年。いいことばかりではなく、思うようにいかず壁にぶつかったこともあります。でも、それを乗り越えると活力になりました。
 音楽学校に入る前から「夢ノート」をつくっていて、小さな夢をたくさん書いて、クリアするごとに次の夢を書いてきました。最終目標は「エトワール」(フィナーレの最初をソロで飾る歌姫)でしたが、そこだけを目指すと途中でくじけそうになります。だけど「ソロで歌いたい」「ダンスの選抜メンバーに入りたい」とか、小さな目標だと頑張れるんです。その夢を一つ一つ実現していくのが楽しくなっていって。宝塚でかなえたかった夢はすべてかないました。

エトワールは2015年と2020~21年の2度務めました。 私はずっと歌が好きだったので、エトワールが1番の目標でした。15年の全国ツアー「シトラスの風」で初めてエトワールを経験させてもらいましたが、「いつか宝塚大劇場の大階段で務めたい」と思っていました。歌姫とされるエトワールは歌唱に特化した人しか務めることができない役です。
 去年の9月、稽古場の壁に「アナスタシア」の配役が張り出されて、自分の名前のところに「エトワール」と書かれているのを見つけました。もう何ていうか、胸が熱くなりました。音楽学校に入学したときと同じような感情が沸いてきて、涙が出ました。
 エトワールが決まったとき、自分の夢はすべてかなったので、もう何の迷いもありませんでした。年末公演に向けてフィナーレの振り付けの稽古をやっているときに「次の公演で辞めます」と劇団に伝えたのを覚えています。

■「エトワール」一番の思い出

 

数ある中で一番の思い出は何でしょうか。 もちろんエトワールが一番です。宝塚に入っていろいろなお芝居が好きになって、子役からおばあちゃんの役までいろいろ経験させてもらいました。
 宝塚の「娘役」をずっと追求してきましたが、そこに縛られない、自分にしか出せない役者像をつくり出せたらと思っていました。「コメディアン」のような面白い役がつくことも多かったですが、ありがたかったです。
 「正統派の二枚目しかやりません」「汚れ役はやりません」みたいな人もいますが、私は「何でもやります」というスタンスでやっていました。エトワールを務めた「アナスタシア」の公演ではちょっとおかしな役というか、毎日アドリブをしないといけない役だったんです。でも、それが日に日に快感となっていきました。毎日アドリブをして観客が沸く、「ああ、芸人さんってこんな感覚なのかな」って。
 年齢不詳のおばあさんの役を務めたこともあります。役になりきること、演じることは楽しくて。歌もただ歌うのではなく、役に合わせて声色を変える、そこを追求するのがすごく楽しかったんです。お芝居、踊りも含めてエンターテインメントを学ぶことができたと感じています。

花音さんは宝塚歌劇団90周年、100周年の節目も経験しています。 音楽学校のときに90周年式典に参加させてもらいました。同期でたった1人だけ「歌が1番」の人がソロで歌唱する場があって、そこで宝塚の代表曲である「清く正しく美しく」を歌唱させてもらいました。それも夢だったんです。そこに立てたことで「これから歌で頑張っていきたい」という気持ちにもなれました。
 宝塚では10年に1度、運動会があります。その運動会に2回も出場できたのも思い出の一つですね。90周年のときはイベントが多くあって、真矢ミキさんらOGの方々が出る舞台にも、90期生の中から選抜で出させてもらいました。イベントごとにたくさん出させてもらって、幸せでした。

■どんな時も母と姉が応援

 

同期50人のうち多くは引退しました。ベテランの域まで続けることができた要因は何でしょうか。 同期50人のうち、みんな卒業していって、残るのは私を含めて3人でした。ここまで長くできたのは家族の支えが大きいです。どんな時も母と姉が応援し続けてくれました。
 音楽学校のときは環境が厳しすぎて「もう辞めたい」「帰りたい」と弱音を吐いたこともあります。でもそんなとき、母は「じゃあ帰ってきたら」と突き放すんです。そう言われると弱音を吐けないというか「ああ、頑張らなきゃ」と思えましたね。

デビューした時、愛媛新聞の取材に答えていたコメントが印象的でした。その時の紙面では「できればトップスターになりたいけど、みんなで良い舞台を作り上げることの方が大事」と語っています。 宝塚は組の70~80人で一つの作品をつくりあげます。一人一人が戦友であり、仲間。人とのつながりがすごく温かかったんです。舞台に立てば1年目も18年目もみんな同じ。下の子から先輩には話し掛けづらいじゃないですか。だから、後輩にもずっとコミュニケーションを取りたいと思っていて積極的に接してきました。一緒の舞台をつくり上げる仲間という思いでやってきました。
 先輩からは「うまく演じようとしてはいけない」と教わりました。「自分が舞台を楽しんでいたらお客さんに伝わるから」と言われて、そういう思いを持ってやってきました。常に「自分がハッピーでいなきゃな」って。
 いろんな「引き出し」を持っていたら強いだろうなと思って、オフの時は宝塚だけじゃなくて他の舞台とか、歌舞伎を見に行きました。ドラマや映画のいろんな演者も見て、引き出しを増やそうと。だから、18年間ずっと「趣味は観劇」でしたね。でも、それが苦ではなく趣味というか、楽しかったんです。

表舞台で18年生きていく中で、苦労もあったかと思います。 思うように声が出せないときや、デュエットの踊りがうまくいかないときもありましたし、日々自分との闘いでした。例えば筋力トレーニングや、ボイストレーニングの積み重ねが舞台で出ますし、休めば休むほど落ちます。「継続は力なり」という言葉は、その通りだなと思いますね。

入団した時のインタビューでは「花總(はなふさ)まりさんのようなステキな娘役が目標」と語っていました。 花總さんは芸事が素晴らしくて、宝塚の娘役の中でもずっと娘役を追求され続けてきた方。誰もが憧れる人です。私が在籍した時期も重なっていて、直接いろんなアドバイスをいただきました。

特に印象に残っている舞台はありますか。 作品で1番好きだったのは「ウエスト・サイド・ストーリー」(2018年、東京・大阪)です。この作品では、プエルトリコ人の「ロザリア」という役を務めました。海外の有名な振り付けの先生が来て稽古を付けてもらい、毎日が楽しかったのを覚えています。
 お稽古が終わるのも、舞台が終わるのも寂しいと初めて感じた作品です。もう一つあって、その作品の演出家がエトワールを務めた「アナスタシア」と同じ演出家の方だったんです。すごくご縁を感じています。

歌劇団の公演は新型コロナウイルスの影響を強く受けました。 2020年4月から4カ月間は、公演もお稽古も全てストップしました。4カ月間ずっと自粛で、「当たり前の日常」がなくなった時期がすごく苦しくて、ストレスもかかりました。
 お客さんの前で3日間くらいしか上演できなかった作品もあります。その作品は、無観客でのライブ配信になりました。そのときに「ああ、お客さんがいないのはこんなに寂しいんだ」と感じましたし、お客さんあっての公演だと実感しましたね。
 でもいつか公演が再開したとき、「今まで以上のパフォーマンスを出せるように」と思いながら、自宅で毎日ボイストレーニング、オンラインレッスンを続けていました。

■最後の公演後「抜け殻」に

 

花音さんの卒業公演もコロナの影響は避けられなかったのではないでしょうか。 それが、演者やお客さまの感染対策のおかげで1回も休演せずに全日程を終えることができたんです。1人でもコロナの陽性反応が出れば全体に影響が出ます。演者は週1回のPCR検査をして、毎日ドキドキしながら舞台に立ちました。
 花組にいる同期2人は、私より少し前に「卒業公演」を迎えたんですが、コロナで宝塚大劇場の公演がストップしてしまって、千秋楽は無観客のライブ配信でした。それを考えると、自分の公演が最後までできたのは奇跡だと思っています。最後の公演が終わったときは、ほっとして「抜け殻」のようになりました。

同じ愛媛出身の彩風咲奈さんが今年、雪組トップスターの座につきました。 うれしいですよ。同郷ということもあって楽屋とかで話す機会もありました。トップになったときはうれしくて「愛媛の星なので頑張って」とエールを送りました。彼女の活躍はうれしいし、自分の活力にもなります。頑張ってほしいと思います。

退団後にインスタグラムを始めましたね。 宝塚に在籍中は「SNS禁止」だったのと、最後はコロナ禍でファンクラブのイベントがなく、ファンと交流できないまま退団しました。
 インスタを始めてからはファンの方から直接コメントがもらえます。「現役時代はこの役が好きだった」「卒業公演もよかった」とか。たくさんの方と交流を持てるようになったので、うれしく思っています。

今後の活動について教えてください。 18年間、常に「宝塚」の看板を背負ってきて、いろんなものにも追われながら生活してきたので、ちょっとのんびりしたいですね。
 今決まっているのは来年2月に東京である、単独サロンコンサート。ほかに、宝塚音楽学校の受験生に向けて歌を教える仕事も少し入ってきています。歌うことは好きなので続けていきたいと思っています。
 これからまたやりたいこともあるので、夢を一つ一つかなえていきたいです。

 

 

花音舞さん

 かのん・まい 新居浜市生まれ。新居浜市泉川中学校卒業後、2002年に宝塚音楽学校入学。04年に宝塚歌劇団90期生として入団し、雪組公演でデビュー。後に宙組に配属。高い歌唱力とマルチな演技力を生かして幅広い役を演じ、20~21年の「アナスタシア」ではエトワールを務めた。21年9月の公演を最後に宝塚歌劇団を退団した。

 

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