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2021
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【祝】ヤクルトスワローズと権現温泉 日本一を支えた自主トレの湯

  1回、2回、3回…。横浜スタジアムで東京ヤクルトスワローズの高津臣吾監督が宙に舞った。松山市の石丸篤史さん(40)は選手らにスマートフォンで祝福のメッセージを送り続けた。
 6年ぶりのセ・リーグ制覇。歓喜の輪の中には、ヘッドコーチを務める宮出隆自さん=宇和島東高出身=や主将の山田哲人選手らの姿もあった。彼らは1月に市北部の権現温泉に寝泊まりして自主トレーニングを行う「権現温泉組」でもある。
 今年で四半世紀を迎えるヤクルト選手の恒例行事。権現温泉が実家の篤史さんは中学生の頃から間近で見て、選手らと交流を重ねてきた。これは、球界を彩るスターたちを、心身ともに癒やしてきた山あいの小さな温泉地の物語。(竹下世成)

■往年の強打者との縁

 

ヤクルトの選手が自主トレで滞在する権現温泉

 「首位打者」「初ホームラン」「再起」。権現温泉でひときわ目立つガラス張りの掲示板には、1月に自主トレを行ったヤクルトの川端慎吾選手らの色紙が並ぶ。今年の目標を書き込むのが恒例だ。バットやユニホームなども飾られる中、最も広いスペースをとっているのが現在2軍監督を担う池山隆寛さんに関する品々。チーム一筋19年、通算304本の本塁打を記録し、豪快なスイングで「ブンブン丸」との愛称で知られた強打者だ。篤史さんは「池山さんあっての権現温泉」と力を込める。

 池山さんはチームメートの広沢克実さんに連れられ、道後温泉周辺で自主トレを実施していた。池山さんにとって松山は、自主トレを始めてから5年連続で30本塁打を記録するなど「縁起がいい町」。広澤さんが巨人移籍後、引き続き松山で体を鍛えるため、知人に紹介してもらったのが権現温泉だった。

 

仲むつまじい池山さんと直史さんの写真。右上は坊っちゃんスタジアム完成直前のグラウンドだ(篤史さん提供)

 池山さんは権現温泉の社長で、篤史さんの父・直史さん=2010年に死去=との初対面をこう振り返る。

 「『お世話になります』と言いに行った、その一言目が初めてではないような空気感。やっぱりなおさんの人の良さが出てまして、自分もすぐに溶け込めたので毎日のように一緒に晩酌しました。年々行くたびに、『なおさんに会いに行く』というイメージが強くなっていきましたね」

 直史さんも生前「まさか、こんなに長い付き合いになるとは思ってなかった」と言うほど2人は意気投合した。池山さんは長い時には1カ月以上、権現温泉に滞在。温泉のアルバムには、2人が笑顔でピースする写真などが残っている。

■名選手が続々と

 

学生時代の篤史さん(中央)とヤクルト黄金期を支えた土橋勝征さん、真中満さん、池山隆寛さん(左から)(篤史さん提供)

 1996年に始まった権現温泉での自主トレには、若手時代の宮本慎也さんや稲葉篤紀さん、土橋勝征さんらが参加。監督だった野村克也さんの下でヤクルト黄金期を支えたメンバーだ。

 当時、中学校でサッカーをしていた篤史さんにとっても、池山さんたちは「超が付くスーパースター。最初は緊張して全くしゃべられなかった」。ただ、選手たちはとても気さくで、一緒に野球の練習やゲームにも興じた。その後、四半世紀の間に50人近くが滞在し「ここに来る人はいい人ばかり。オンオフを切り替え、真剣に野球に取り組む様子を尊敬していました」と振り返る。

 自主トレ中は温泉2階の座敷などを貸し切るが、風呂は一般客と同じように大浴場に入る。「ようやく来たか」「応援してるよ」と選手が年配の常連客らと仲良く談笑する様子もこの時季の風物詩だ。

 

さまざまな選手と直史さんらの思い出が残るアルバム

 池山さんも「僕らが来ると住民の方も『1年が始まったぞ』という感じで、本当に待ち遠しく思ってくれていました。僕らも帰ってきた安堵(あんど)感がありましたし、リフレッシュしながら体を鍛え、開幕に向けて体のスイッチを入れていけるのは、権現温泉だけでした」。

 入浴しに来た子どもの中には、後にヤクルトでもプレーした阿部健太さん=松山商業高卒=らもいた。子ども向けの野球教室や野球大会はもちろん、家の前で素振りをしている少年を見つけるや、車で近づき「頭を動かしたらいかんぞ」とアドバイスして驚かせることもあった。

 地域も選手を支えた。常連客が果物を持って来たり、地元の乳酸菌飲料販売店が差し入れをしたり。篤史さんは「地元の住民や松山市、坊っちゃんスタジアムなどいろんな方のおかげで、この自主トレが成り立ち、続いている。本当に感謝しかないんです」と話す。

■縁の下の力持ち

 

篤史さん(中央)とヤクルトの選手たち。キャッチャーとしてチームを支える中村悠平選手(左から2人目)も権現温泉組の中心メンバーの一人(篤史さん提供)

 自主トレは長い選手で2週間ほど滞在する。部活動のように年功序列で、若手選手はいい成績を残しても相部屋。朝風呂に入って坊っちゃんスタジアムなどで練習。夕方に戻ってくると、マッサージや風呂、食事をして就寝する。

 滞在中の選手を中心になってサポートするのが、現在、温泉を切り盛りする母・睦美さん(69)だ。かつては若手選手が担っていた洗濯を「練習に集中してほしい」と受け持ち、選手の食事の好き嫌いやアレルギーは全て把握。大人気なのはカレーライスやコロッケ、ハンバーグなどの家庭料理で、作っていると2階から「今日はカレーなん」と選手が実家にいるかのように顔を出すこともしばしばだ。

 

階段を上れば選手が寝泊まりする座敷などがある。カレーのにおいにつられて出てくる選手も

 「ほかの宿は部屋に風呂が付いている所もあるけど、毎年ここを使ってくれている。うちは家族みたいなもんやけんかな」と睦美さん。別の施設に宿泊する松山での秋季キャンプ中も、食事や入浴のために選手・コーチが権現温泉を訪れることもあるとか。

 この権現温泉と池山さんのつながりが、2002年に開かれた松山市でのオールスター誘致で実を結ぶ。池山さんが、松山市長だった中村時広知事と、選手会長の古田敦也さんが会う場を設けたのだ。04年から始まったヤクルトの秋季キャンプにも権現温泉組が貢献。愛媛の野球史に権現温泉は隠れた足跡を残す。

■スーパースターも昔は

 

松山での自主トレに励む山田哲人選手(中央)‖2019年

 今シーズン主将としてチームを率いた山田選手も12年からの権現温泉組。当時は1年目のシーズンを終えたばかり。宮本さんの厳しい練習後、手すりにつかまってどうにか2階へはい上がっていた19歳の若者は、今や球界を代表する選手になった。

 今年1月の自主トレで、山田選手が温泉の色紙にしたためた言葉は「導」。いつもは個人の成績を書くことが多かっただけに、篤史さんは「自分が引っ張るという覚悟を感じました」。8月には東京五輪も控えていた。

 

自主トレで若手選手を指導する宮本慎也さん‖2013年

 五輪では山田選手は全5試合に先発出場し、大会MVPにも輝くなど金メダルに貢献。篤史さんは自宅のテレビで観戦し、優勝が決まった瞬間、涙があふれた。山田選手の活躍に加え、テレビの解説は宮本さん。代表として2度、五輪に出場したが敗退して悔しい思いをしていた。「哲ちゃんが宮本さんの代わりに金メダルを取ってくれた」

 五輪が始まってからは、気を使って連絡を取らないようにしていたが、表彰式が終わった後に思わず「金メダルいいなあ」と山田選手にメッセージを送信。するとすぐ、喜びと感謝の返信が届いた。「忙しいはずなのに。スーパースターなのに偉ぶることなく、出会った19歳の時から何も変わっていない」

■6年ぶりの優勝

 

ウオーミングアップでダッシュするヤクルトの川端慎吾選手‖2016年

 直近は2年連続最下位と、シーズン前の評判は低かったヤクルトだが、上位陣が伸び悩んだ後半戦に勝ち星を重ね、10月26日に6年ぶりの優勝を果たした。

 試合のたびに篤史さんが気に掛けていたのが、権現温泉での自主トレを束ねる川端選手。15年の首位打者も、度重なる故障に悩まされる。近年は、12月になると父親と2人だけで権現温泉を訪れ、黙々とトレーニングに励んできた。「代打の切り札」として1打席に懸けた今シーズン。積み上げた代打の安打数は、かつて権現温泉組だった真中満元監督が持つ日本記録にあと1本まで迫るなど、チーム躍進の一翼を担った。

 「松山は第二の古里」。インタビューでも、松山への感謝を口にすることが多い川端選手。復活への道のりを間近で見守ってきた篤史さんにとっても、一打席一打席が感慨深かった。

■受け継がれる思いと背番号

 

坊っちゃんスタジアムで自主トレを行うヤクルトの選手ら‖2019年

 かつては篤史さんより年上の選手ばかりだったが、どんどん年下の選手が増え、権現温泉組の若手選手がスタメンに名前を連ねるたびにドキドキしてきた。「チームが強いのはもちろんいいけど、一番はけがをせずに、引退せずに、ですね」

 活躍した若手が、権現温泉組の名選手の背番号を引き継ぐことも楽しみだ。池山さんが着けていた背番号1を山田選手が、土橋さんの5は川端選手が継承。同じように権現温泉への思いもつながっており、自主トレ開始前には必ず直史さんの墓参りをしている。池山さんは「ここまで続いているのは『一年の始まりは権現で』という思いをみんなが持っているからでしょう」と力強い。

■明日から日本シリーズ

 20日から始まるオリックスとの日本シリーズで4勝すれば01年以来の日本一。「優勝すれば松山の人ももっとヤクルトに目を向けてくれると思う。松山とヤクルトをさらに結びつけるのは地元の盛り上がりだと思うんです」と篤史さん。池山さんも「川端や山田が活躍して、日本一の勲章を持って松山に行けるように頑張ってもらいたい」と力を込める。

■最後に一言

 

池山隆寛さんなどヤクルトの選手の品々が飾られた掲示板。篤史さんが手にするのは山田哲人選手と川端慎吾選手の色紙

 篤史さんには、かねて池山さんに聞きたいことがあった。権現温泉とヤクルトのつながりの礎を築いた池山さんは、温泉のことをどのように思っているのか。スマホでもやりとりし、松山市に来たら必ず足を運んでくれる親しい存在となった今、改めて知りたかった。

 その思いを聞いた池山さんは豪快に笑い、少し思い返すように間を空けて、答えた。

 「言葉がなくてもって感じでしたね。家族みたいなものですね。自然に横にいたと思うし、1年の何日かしかいないんですけど、充実した日々は大きかったですね。まあ、本当に居心地のいい場所ですね」

 野球王国・愛媛にある静かな温泉地がつむぐプロ野球選手の栄光と苦悩。物語はこれからも続いていく。こんこんと湧き出る湯のように。

 

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