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㊥師弟 「村山君と出会って、自分はプロ棋士失格だと思わされた」

 「彼の場合は、将棋への向き合い方が半端ではなかった」。

 森信雄(69)が話す「彼」とは、30歳のときに最初の弟子として迎えた村山聖(故人)=九段=のこと。幼少期に患った重い腎臓の病気と闘いながら将棋に打ち込み、順位戦では最高峰「A級」に在籍。後に七大タイトルを独占した羽生善治ともしのぎを削り「東の羽生、西の村山」と称された棋士だ。

■村山の姿が残る

 

森信雄が最初の弟子として迎えた村山聖。「村山君の将棋への向き合い方は半端ではなかった」(森さん提供)

 森の棋士人生は、弟子である村山から大きな影響を受けている。病身の村山が29歳で現役のまま亡くなるまで、真剣に将棋と向き合う姿を森は間近で見てきた。「村山君は、将棋が一番だった。彼には将棋しかなかった。だから村山君と出会って、僕自身がプロ棋士としては失格だなと思わされた」。村山から受けた影響は年々強まっているという。

 将棋の世界では、現役のプロ棋士が「指し手」でありながら、弟子をとって「師匠業」も担う。いつからか将棋界の「名伯楽」と呼ばれるようになった森は、その一門にプロ志望の子どもを多く受け入れてきた。「村山君を見てるから、どの子も物足りない。気の毒かもしれないけどね。1日10時間将棋に向き合うとかは当たり前だと思ってしまう」

■狭き門。厳しき世界

 

森信雄(左)の1番弟子となった村山聖(右)。「村山君と出会って、僕自身が棋士としては失格だなと思わされた」(森さん提供)

 厳しい物言いは、この世界の厳しさを知るが故。プロ棋士になるには、いくつものハードルが待ち受ける。「棋士の卵」を育てる機関「奨励会」の試験を突破しても、最難関の三段リーグまで上がれるのは一握り。そこから「原則26歳まで」という年齢制限を迎えると強制退会となる。1年間に棋士(四段)になれるのは、原則としてわずか4人だ。

 森門下には村山をはじめ13人のプロ棋士が誕生している。長い将棋界の歴史で最も多い。半面、スポットライトを浴びぬまま門下を去る弟子もいる。「やめていく方が多いし、そういう子の方が気になる」と森。離れていった弟子を自ら追うことはしない。しかし「自分と一度縁を持った弟子は、ずっと縁があると思っている。たとえ棋士になれなくても、将棋と出合ってよかったと思ってほしい。将棋に関わった子が不幸になるのは、僕はつらいですね」。

■壁を越える姿に

 

今年の順位戦最高峰「A級リーグ」には、森門下の糸谷哲郎八段(左)と山崎隆之八段(右)が同時に在籍。9月の「同門対決」は話題となった(森さん提供)

 その「森一門」が今年、将棋界で注目を集めた。棋界のトップ棋士10人が戦う順位戦「A級クラス」に、森の弟子である糸谷哲郎八段、山崎隆之八段という2人の棋士が同時に在籍したのだ。「山崎君が今年A級に入ったのはうれしかったですね」と森は言う。プロ入りから23年目、40歳にしての到達だった。「彼は(年齢を重ねて)力が落ちていく中で、時間がかかってA級に入ったから」

 そこまで話すと森は少し淡々とした口調になり「でもね、糸谷君や山崎君は才能があるので、誰が師匠でもここまで上がってる」とぽつり。「僕は棋力の強さとか、才能には関心がない。一生懸命将棋と向き合って壁を乗り越えて行くのが好き。ひたむきに努力する子が好きだから」

 最初の弟子に村山聖を迎えてから、はや40年。さまざまな子どもと接してきた森の理想は「普通の子を棋士にする」ことだという。

 

【Special E:名伯楽の棋士育成論】

名伯楽の棋士育成論 特集TOP

上:引退後 「一番弱い子が将棋をやめたら、僕の中では失敗」

中:師弟 「村山君と出会って、自分はプロ棋士失格だと思わされた」

下:理想 「普通の子が棋士になり、努力が報われる世界でないと将棋界に魅力はない」

 

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