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出発進行!伊予鉄ルーム レフ松山市駅の「鉄宿」ができるまで

 

レフ松山市駅の伊予鉄ルーム。扉を開けると大きな電車の「顔」が迎える

 

12階の伊予鉄ルームからの夜景。まっすぐ伸びるレールビュー。右上方には松山城も見える

 

12月1日に開業した「レフ松山市駅byベッセルホテルズ」

 「ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした」(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」)

 窓の外には城山方面からまっすぐと電車の軌道が延びる。視線を上げると松山城。まるで、オレンジ色の銀河鉄道に乗車して夜空を飛んでいるような不思議な感覚に包まれる。この特別な空間が持つ「魔法」なのかもしれない。

 伊予鉄道松山市駅隣に12月1日開業したホテル「レフ松山市駅byベッセルホテルズ」。11、12階には「伊予鉄ルーム」という名の客室が設けられている。引退した伊予鉄電車の車両を再利用。室内に電車の前部「顔」を再現し、ライトや車両番号、運転席といった実際の部品を取り付けたほか、シートはソファに、床材はテーブルに再生させるなど、こだわり抜いたコンセプトルームに仕上げた。「この部屋を、ホテルを、松山を盛り上げる始発駅に」。伊予鉄ルームの具体化から完成までの約4カ月間を追った。(坂本敦志)

 

伊予鉄道の古町車両工場

 

約60年前の伊予鉄道の車両の部品を再利用した

 

引退した「モハ50形」の「73」号。番号も伊予鉄ルームで再利用した

 

小さな押しボタンやプレートも再利用するため取り外した

 

引退する車両の番号やプレート。「昭和39年」という文字が見える

 

床材も取り外し、テーブルの天板に再利用した

■60年近く前の伊予鉄車両

 9月29日。松山市古町の伊予鉄の古町車両工場にオレンジ色の2台の車両が並んだ。「モハ50形」の「73号」と「74号」。1963、64(昭和38、39)年製と60年近く前の車両だが、最近まで現役だった。松山の人なら一度くらい乗車したことがありそうな、おなじみのデザインである。

 伊予鉄ルームで再利用するのはこの2台の部品。関係者らが車両番号を切り取り、前照灯を外し、押しボタンや椅子、床材、手すり…。「お降りの方はこのボタンを押してください」といったプレートまで。取り外せるものはすべて外していくような勢いだ。

 「へー、こんなになっているんですね」「さすがにしっかりした部品ですね」。感心したり、面白がったりしながらの作業。レフ松山市駅の支配人を務める連石将志さんも取り外しを手伝いながら「何が使えるか分からないので、とにかくいろいろ持って帰ろうと」。実はこの時点では伊予鉄ルームがどういう部屋になるのか、まだほとんど決まっていなかった。

 

砥部焼や伊予絣といった愛媛の伝統工芸品があしらわれた客室

 

サウナも付いた大浴場を完備

 

朝食では愛媛を代表する郷土料理や、かんきつを使ったスイーツなどを提供

■松山を好きになるホテル

 レフ松山市駅は、ベッセルホテル開発(広島県福山市)が運営。伊予鉄グループが四国最多の乗降人数がある松山市駅の隣接地のビルに誘致した。13階建てで客室は計208室。

 ベッセルホテル開発が展開する五つのブランドの中で、「レフ」は地域の歴史や文化に沿ったサービスを提供するのが特徴。館内には、愛媛の伝統工芸品である砥部焼や伊予絣(がすり)があちこちにしつらえられている。朝食は愛媛を代表する郷土料理やみかんジュースの飲み比べ、かんきつを使ったオリジナルスイーツも提供する。

 ホテル全体のコンセプトは「ザ・ステーション(駅)」と決まった。電車やバスなど多くの公共交通の発着地である松山市駅にちなみ、愛媛・松山と宿泊者をつなぐ、ハブ(拠点)のような場所となるようにとの思いを込めた。連石支配人は「宿泊していただいた方に、松山を好きになっていただけるホテルをつくりたい」と目指す施設像を説明する。

 

伊予鉄ルームの図面を前に打ち合わせする関係者

 

伊予鉄ルームで再利用する電車の部品。工場で磨かれ輝きを取り戻した

■本物が持つリアリティー

 その目玉の一つが「伊予鉄ルーム」。会社にとっても初の試みとなるコンセプトルームだ。ただ「最初の最初は、伊予鉄道さんの電車の写真や風景を飾るくらいでしたね」と、ベッセルホテル開発常務の福嶋英之さん。そこからデザイナー、伊予鉄道との打ち合わせの中で、模型のNゲージや、鉄道にまつわる品を展示することも固まっていった。とはいえ誰もがどこか物足りなさも感じていた。インパクトに欠けるのでは。少しさみしいのでは。「レフ松山市駅」ならではの価値とは―。

 ある日の伊予鉄道との打ち合わせの席。「駅の名前を記したプレートはありますか」「ありますよ」。その流れの中で浮かび上がったのが「廃車になる車両がある」という話。「じゃあ一度見せてください」。

 関係者が車両の実物を初めて見たのが8月。ここから4カ月余りでデザインからつくりあげるにはスケジュール的にはかなり厳しい。それでもその場にいた全員が吸い寄せられるかのように「これはいいんじゃないの」。

 福島さんは「最もみんなが興奮したのは運転席でしたね。『この椅子は使えますか? レバーは? メーターは?』。それほど鉄道に詳しくない人たちが見てそうなんですから」。本物だけが持つ圧倒的なリアリティー。それに魅了され、話は一気に動き始めた。

 

伊予鉄ルームの内覧会で説明するデザイナーの中原さん(中央)。「思った以上に面白いものができました」

■扉が開いた瞬間の驚き

 ホテル全体のインテリア、そして伊予鉄ルームのデザインをしたのは、各地でホテルや商業施設の企画・設計などを手掛けるUDS(東京)デザイナーの中原典人さん。鉄道をテーマにしたサービスは、各地のホテルで提供されており、いずれも好評を博しているが、伊予鉄ルームはさらに「格好良く、泊まって面白い部屋」を狙った。

 ただ、最初のデザインを考えた中原さん自身も「もっと誰にもできないことをやりたい」と思っていた。転機はやはり「本物」を使えるようになったこと。「まずは再現したいなと思いました」

 そこから生まれたのが電車の「顔」を設置する案。部屋に入りきらないため、さすがに実物を使うことはできなかったが、3分の2の大きさがある木製の模型は迫力十分だ。「スケッチを見て、みんな『えっ』て感じでしたね。でも客室の扉を開けた瞬間、驚きがほしかったので」。あえて斜めにレイアウトしたのは、外の風景と松山城を見せるため。「テレビの映像を見ながら電車に乗っている感覚になれたら面白いな」。アイデアはどんどん膨らんでいった。

 ホテルの部屋として快適に過ごせつつ、運転席も機能させるため、レイアウトはミリ単位で調整している。「機械類の配置は、実際の運転席にかなり忠実です。皆さんに座って、触ってみてもらいたいですね」。やりたかったことはほぼやり尽くしたという中原さん。満足そうな笑顔を浮かべた。

 

伊予鉄ルームの設置工事。特徴的な「顔」が取り付けられた=2021年11月11日

 

電車のシートを再利用したソファを取り付ける」

 

開業まで3週間というぎりぎりの作業。早朝から始まり、日が落ちても続いた

■神様に導かれたのかも

 開業までわずか3週間しか残されていない11月11日、ようやく伊予鉄ルームの設置作業が始まった。もちろん、ほかの客室は既に完成している。早朝から資材を搬入し、3日間で作業を終える。特殊な内装のため、設置する職人たちも試行錯誤しながらの作業となったが「大丈夫です。図面の通り出来上がるはずです」。UDSのデザイナー南部剛宏さんが力強く語った。

 南部さんの担当は家具。「アイデアを形にして届けるのが私の仕事です」。ソファとして使う電車のベンチは生地が劣化していたため張り直した。「使っている生地が何か、伊予鉄道さんに聞いても分からなかったので、替わりの電車用の生地を探しました。やっぱり特殊なんですよ。分厚くて」

 家具の工場では張り替えを引き受けてもらえないなど遠回りもあった。知らないことを調べ、できる人を探しながらの作業。「電車が使えるという話が出たのが遅く、それにプラスアルファとなって大変だったのですが、結局こういう部屋になる運命だったのでしょう。神様に導かれたのかもしれません」。その「神様」は、今回の2両の電車に宿っていたのだろうか。

 

運転手の衣装の貸し出しサービスもある

 

床材を再利用したテーブル。約60年間使われただけあって、非常に頑丈な素材だったそう

 

ライトも実際に点灯することができる

 

網棚もちゃんと再利用されている

 

記念切符やプレートの展示も

 

Nゲージを動かすことも可能。電車は懐かしの伊予鉄カラーも

■鉄道ファンの聖地に

 レフ松山市駅の開業を受け、伊予鉄グループの清水一郎社長は「伊予鉄ルームは正直、期待以上の出来栄えです。ぜひ、実際に見ていただきたい。鉄道ファンの聖地になるのではないでしょうか。愛媛・松山のにぎわいにつながるよう願っています」と期待を込めた。伊予鉄道という企業。松山市駅という立地。そしてこの街と関係する人たち。ホテルと伊予鉄ルームは、さまざまな思いを乗せて、いま出発した。

 「僕たちと一緒に乗っていこう。僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ」(銀河鉄道の夜)

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