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2022
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細かすぎて知られていない飛び地の話 西条・吉岡校区で住民に聞いた

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 取材現場に向かうため、愛媛県東部・西条市内の地図を調べていると、なんとも奇妙なエリアが目に留まった。市北西部に位置する吉岡小学校区内。そこに存在するのは、同じ地名なのに分離された「飛び地」。それも一つや二つなんて生半可なものではない。大字(おおあざ)が、それぞれ一塊ではなく、ばらばらに点在して入り組んでいる。一体なぜなのか。謎に挑んだ。(西条支局・森岡岳夢)

■複雑な吉岡小学校区

 

吉岡小学校の大字を表示した地図。複雑さが一目瞭然だ

 人口約2300人の吉岡小校区内には、上市、石延(いしのべ)、新町、広岡、安用(やすもち)、安用出作(やすもちでさく)という六つの大字があり、郵便番号がそれぞれに振られている。大字ごとに色分け表示した地図を作ってみた。まとめて見ると、やはり飛び地が目立つ。特に複雑なのは吉岡小学校の南側。上市、石延、広岡が細かいパズルのピースのように組み合わさっている。地元民には大変失礼ながら、なかなかに「異様」ではないか。

 

明治時代に作成されたとみられる和紙公図。すでに「石延村飛地」の記載がある

 飛び地はどういう経緯でできたのだろう。地図や住所のことを調べるなら、土地の登記などを担当する法務局だと思い立ち、松山地方法務局西条支局の登記官を訪ねた。しかし「飛び地発生の経緯ですか…分かりませんね…」
 ただ、地権者でなくとも明治時代に作られたとされる和紙の地図の閲覧はできる。見ると、確かに「石延村飛地」の表記がある。飛び地発生原因の究明には、和紙公図が作られた明治から、さらに時代をさかのぼる必要がありそうだ。

■謎解きの始まり

 

吉岡小校区が飛び地だらけの理由を説明する串部さん

 飛び地の謎に迫るため、郷土史に詳しい人物を探し回り、出会ったのが、串部浩さん(89)=同市上市=だ。吉岡公民館の元主事で、かつて東予市史談会副会長を務めた。資料を読み込んで研究を重ね、史談会の先輩や、地域の高齢者から証言を集めてまとめた串部さんの説はこうだ。

飛び地のでき方

 ①吉岡小校区南西には、700~800年代にできたとされる布都神社がある。布都神社は由緒正しく、神社を核として周辺に集落ができ、石延と呼ばれるようになった。その土地は元々は「上市村也」と神社の記録に記載があり、石延は上市から分村したことがうかがえる。
 しかし1342年、戦禍で神社は焼失。神社周辺の石延の住民は一部離散したようだ。その時点から石延の集落は飛び地状態になったと考えられる。

 ②1600年代になると、農業、土木技術が向上する中、集落周辺の未開拓地を開墾し、土地を拡張したり、開拓先で新しい村を作ったりする新田開発が盛んになった。
 当時、一帯は吉岡郷という大きな一つの塊で、上市村はその中心地。新田開発の流れの中で、桑村郡を治めていた松山藩が、上市東部の荒れ地を開発。商業地をつくり、1641年に新町村が誕生した。
 開拓した場所は水利が悪く、農地には適さなかったようだ。新町の住民が食べる米を作るため、新町から離れた場所を一部開拓し、新町にも飛び地ができたとみられる。

 ③さらに、上市村の住民たちは、上市の南側を開発し、1667年に広岡村が分村。その際、布都神社焼失後も残っていた石延村の住民の土地を除いた周辺部分を広岡村としたため、飛び地が大量発生することになったと考えられる。

 布都神社焼失でばらばらになった石延村を囲むように広岡村が成立したことが、飛び地大量発生に関係しているようだ。「でないとこんなにモザイク状になっている理由の説明がつかない」と串部さんは強調する。(参考・東予市誌、布都神社社記)

■住民は苦労しているのか?

 

吉岡小校区の飛び地について議論する自治会長のみなさん。座談会形式で語ってもらった

 1600年代にかけて順次できたとみられる飛び地が、現在まで残ったままの吉岡小校区。市にはこれまで、飛び地による混乱の声や是正の要望は届いていないという。地元民は現状をどう思っているのか。自治会長らに集まってもらい「吉岡飛び地座談会」として、率直な気持ちを聞いた。

 

森岡:私は松山市出身ですが、飛び地だらけの吉岡に驚きました。こうも複雑だと、不都合や混乱があるんじゃないですか。  安用出作・渡部騎区義さん(70):ないなあ。そもそも飛び地なんて普段は意識せん。(大字を色分け表示した地図を見て)ここまで複雑とは知らなんだ。  吉岡公民館長・目見田康介さん(66):よそから来た人に道を尋ねられると困るくらいですかね。  広岡・山田重義さん(73):複雑やけん、口で説明するより実際に連れて行ってあげた方が早い(笑)。
森岡:自治会活動では困ることがあるのでは。  一同:いや、ないねえ。  上市・豊田直樹さん(58):住所ではなく、川や道などを境界に、ざっくり自治会エリアを分けており、大字や番地で加入自治会が分かれるわけではない。どの自治会に入っても、ごみステーションは自宅近くを利用できるようにするなど自治会が譲り合ってきた。昔からそうだから、みんなすんなりと受け入れてくれている。  大影・大西英明さん(67):飛び地を含めた厳密な住所より、地元民はざっくりとした自治会エリアの方を意識しとる。正直、住所はあんまり関係ないんよね(笑)。  広岡・山田さん:ちなみに、私の厳密な自宅住所は石延やけど、広岡の自治会長です(笑)。  石延・河上清隆さん(65):逆に私の場合は、住所は広岡だが石延の自治会長。石延という地名の方に愛着がある。  

森岡:ますます混乱してきました(笑)。でも、ここまで複雑なのに、飛び地解消を望む声が出ないのはなぜでしょう。  茂敷・村上敏行さん(71):特に支障がないけん、そのままになっとんやろなあ。  上市・豊田さん:これまで地域内で、大きなもめごとはない。大字がバラバラでもうまくやってきた。  石延・河上さん:吉岡の住民はみんな穏やかだからね。それが脈々と受け継がれてきとんやと思うよ。

 飛び地に混乱していたのは「よそ者」の私だけだったようだ。しかし、自治会長たちはその「穏やかさ」で優しく対応してくれた。

■年賀状の配送も大変だった?

 

東予郵便局の区分棚。区分機で処理できない郵便を手作業で仕分けていく

 

 「ざっくりとした」自治会活動と異なり、大字、番地までしっかり確認する必要があり、間違えれば大きなトラブルになりかねないのが郵便配達だ。飛び地だらけの吉岡小校区に、さぞ苦労しているのではないか。東予郵便局(同市三津屋南)の郵便部長・藤岡勉さん(48)に尋ねた。

 

藤岡さん:各地を異動してきましたが、ここまで飛び地が多い土地は初めてです。ただ、特に支障はありません。  森岡:どういうことでしょうか。  藤岡さん:郵便局では、上市はAさん、石延はBさんなどと、大字ごとに配達担当者を決めているわけではありません。信号のある交差点や踏切を何度も通らなくていいようにするなど、効率的に地域を回れる動線を考えて、配達ルートをあらかじめ決めており、担当者はルートに沿って順番に配っていきます。

 

飛び地があっても正確に配達できる仕組みが構築されている

 森岡:ルート上に飛び地があれば、複数の大字に繰り返し出たり入ったりすることになり、支障がありそうですが…。  藤岡さん:区分機という機械があり、混乱はありません。区分機は、その日に配達するはがきなどに記載されている住所を読み込んで、その住所がどのルート上の何番目の宛先なのかを識別し、自動で並び替えます。配達員は、大きさや住所が不鮮明などの理由で機械処理ができなかった一部の郵便物を手作業で振り分け、並び順を再確認。あとは決まったルートを進んで、並べた通りに順番に配っていくだけです。  森岡:そうはいっても、最終的には住所を確認してポストに入れる必要があり、混乱するのでは。  藤岡さん:住所というより、道順を覚える感覚です。最初は違和感があったとしても、そのルートでの配達を繰り返すと、自然に細かい番地まで覚えていくものです。

 郵便配達でも特に混乱はなかった。飛び地だらけのエリアにも正確に郵便が届くのは、区分機を活用した配達システムと郵便局員の努力のたまものだった。

■予想外の結末だが…

 

再建された布都神社。社記によると、神社の周辺に石延の集落ができたと考えられる

 最初に吉岡小校区の地図で飛び地を見たときはぎょっとした。校区外で飛び地の話題を出すと「そうなんよ、あの辺は住所が複雑で、ややこしいよね」と共感の声が多数。調べてみようとの思いは強まった。
 しかし、いざ地元民に話を聞くと、飛び地なんて「どこ吹く風」。困っていないどころか、よく知らない人さえいた。周桑平野と住人たちの「おおらかさ」は、複雑な飛び地までも優しく包み込んでいるようだった。

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