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2022
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忘れられたほこらはどこに 八幡浜・疫病退散願い住民ら調査

 

長らく所在が不明だった「疱瘡神」のほこらを発見した菊池久さん

長らく所在が不明だった「疱瘡神」のほこらを発見した菊池久さん

崩れた状態で発見された「疱瘡神」のほこらを修復する中津川地区住民

崩れた状態で発見された「疱瘡神」のほこらを修復する中津川地区住民

崩れた状態で発見された「疱瘡神」のほこらを修復する中津川地区住民

崩れた状態で発見された「疱瘡神」のほこらを修復する中津川地区住民

約60年ぶりに修復されたほこらの前で、新型コロナウイルス禍の収束を祈る中津川地区住民ら

約60年ぶりに修復されたほこらの前で、新型コロナウイルス禍の収束を祈る中津川地区住民ら

ほこら発見の意義を解説する県歴史文化博物館の大本敬久学芸員

ほこら発見の意義を解説する県歴史文化博物館の大本敬久学芸員

 

 

 

 新型コロナウイルス禍は、まだまだ収まる気配を見せない。医学が発達した現在でも感染を抑え込むことは難しく、目に見えないウイルスにおびえる毎日だ。まして感染防止や治療手段の少ない近代以前の社会では、疫病はどれだけ恐ろしい存在だっただろうか―。そんなことを想像させる遺物が、八幡浜市の山あいにある中津川地区で見つかった。深い山の中にひっそりとまつられていた「疱瘡(ほうそう)神」のほこらは、祖先が抱いた流行病への深い恐れを物語る。(今西晋)

■疱瘡神をまつる

 

 集落中心部から山間の林道を車で20分。林道が行き止まりになった地点で車を降り、標高約500メートルの山道を、木の枝をかき分けながら進む。「あれじゃ」。300メートルほどいったところで、菊池久さん(74)が声を上げた。山頂に近い岩の上に、小さな石のほこらが倒れていた。

 ほこらについては約20年前、県歴史文化博物館の大本敬久学芸員が地元の高齢者に聞き取り調査し、地元の「南海日日新聞」で紹介していた。

 

長らく所在が不明だった「疱瘡神」のほこらを発見した菊池久さん

 中津川のダイミョウジ山に疱瘡神がまつられたほこらがある。かつて疱瘡(=天然痘)が流行して、それを鎮めるためにまつられたといわれるものである。ご神体は現在は田中山大元神社に合祀(ごうし)されているが、かつて、神社の脇にある小山に普段はまつられていた。そして春祭りになると、神社総代と地区の子供(家の長男)が、疱瘡神のご神体を移したみこしを担いで、ダイミョウジ山のほこらに持っていって供物を奉納したという。これは戦後間もなくまで行われていた。

 ただ調査当時春祭りは廃れており、ほこらがどこにあるか分からなくなっていた。新型コロナ禍が世の中を覆う中、大本学芸員が改めて住民に問いかけたところ、捜索を引き受けたのが菊池さんだった。

 中津川地区に生まれ育った菊池さんは長年一人親方の建設業を務めた。引退後、石像や石碑から地元の歴史を調査し2、3カ月に1回のペースで「中津川歴史探訪」と題した文書を住民に配って紹介している。

 菊池さん自身は祭りに参加した経験がないため、地元の歴史に詳しく参加経験がある井上富寿さん(88)と一緒に山に登った。山はかつて段々畑に覆われていたが、今はほとんどが戦後植えられた杉やヒノキの林になり、訪れる住民も少ない。山中の景色はすっかり変わっていても・・・

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