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「私だけ生きてごめん」「みんなの顔浮かぶ」

今治空襲77年、松山城北高女の犠牲者追悼 護国神社で学友6人

2022年8月5日(金)(愛媛新聞)

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑に手を合わせる学友や松山北高の生徒ら=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑に手を合わせる学友や松山北高の生徒ら=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑周辺を清掃する松山北高生=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑周辺を清掃する松山北高生=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑に手を合わせる学友や松山北高の生徒ら=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑に手を合わせる学友や松山北高の生徒ら=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑周辺を清掃する松山北高生=5日午前、松山市御幸1丁目

空襲で亡くなった松山城北高等女学校生の慰霊碑周辺を清掃する松山北高生=5日午前、松山市御幸1丁目

 松山城北高等女学校(現松山北高校)の生徒22人が1945年、学徒動員先の今治市で空襲に遭い命を落としてから77年。命日の5日、90歳を超えた当時の学友6人が慰霊碑のある松山市御幸1丁目の県護国神社を訪れ、清掃活動を続ける松山北高生とともに、14歳で命を奪われた仲間に思いをはせた。

 

 「あれから77年も生き延びてしまってごめんね」。横浜市の前部きよ子さん(91)は、慰霊碑に刻まれた一人一人の名前を、なぞるように見て涙ぐんだ。機関銃の弾を作る軍需工場の寮で、寝食をともに過ごした友たち。「8月が来ると思い出すが、みんな14歳のかわいい姿のまま」。

 

 空襲があったのは、8月5日夜から6日にかけて。5日は敵機の機銃掃射から必死で逃げた。多くの友人の死を知ったのは6日朝のこと。工場の庭でむしろの上に並べられた友人の遺体が目に焼き付いている。同じ年頃の生徒たちを見ると悲しい記憶が重なるといい「これからの時代が平和で、幸せであってほしい」と祈った。

 

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