愛媛新聞ONLINE

2021
127日()

新聞購読
新規登録
メニュー

犠牲者名簿を出版へ

 松山空襲(1945年)犠牲者の遺族ら約20人でつくる松山市戦災遺族会は、11年以上前から作り続けている犠牲者名簿を、75年の節目となる2020年7月26日までに市戦争犠牲者平和祈念碑(松山市道後姫塚)に収め、合わせて「松山空襲の記録(仮)」として出版する方針を決めた。5月から役員4人が名簿(532人分)を精査中で、「一連の空襲犠牲者の8割前後は把握できたんじゃないか。ゼロからのスタートだったが、ようやくここまできた」と最後の詰めを急いでいる。

犠牲者名簿作りに取り組む松山市戦災遺族会のメンバー

犠牲者名簿作りに取り組む松山市戦災遺族会のメンバー

 会は空襲犠牲者らの慰霊碑建立や被害実態解明などを目指し、04年7月に設立。祈念碑は05年7月に完成したが、碑の中に収める犠牲者名簿がないため、08年夏から本格的に正確な空襲犠牲者を調べ始めた。図書館や公民館などで関連書籍や新聞を探したり、被害の大きかった地域を歩き回って話を聞いたりした。09~14年は市主催の平和資料展などで名簿を公開。遺族らから情報を集めてきた。
 愛原章会長(84)は市の火葬場記録などから、一連の空襲犠牲者を約600~700人と推計する。「市が松山大空襲の死者数としている251人は、性別が分かっていることから、おそらく検視をした数だろう。検視せずに土葬や火葬をされたり大空襲以外の日に亡くなったりした人がもっといるはずだ」と強調。祖母を空襲で亡くした副会長の白石世津子さん(78)は「亡くなった人が分からんのは寂しい。名前が名簿に残っていたら、遺族も安心できると思う」と話す。
 会は、犠牲者の氏名、性別、年齢(数え年)のほか、亡くなった日や場所などをできる限り確認。書籍には犠牲者に関する分析や遺族の証言、遺族援護問題なども掲載予定だ。会員の高齢化による減少や資金不足、個人情報保護の壁など課題は多いが、メンバーは「戦時中を生きたものとして、空襲で亡くなった人の名前を一人でも多く残したい」と切望している。

松山市戦災遺族会のメンバー

松山市戦災遺族会のメンバー

松山市戦災遺族会のメンバー

松山市戦災遺族会のメンバー

愛媛の情報なら、愛媛新聞のアプリ。

欲しい情報をいつでもあなたにお届け!プッシュ通知機能も充実。